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「泣く医者」は恥ずかしい?

「歳をとると涙もろくなる」といいますが、根拠はあるのでしょうか?

 
加齢により感情のコントロールを行う前頭葉の機能が低下することによる、といった説がありますが、実際のところは『経験が増えるにつれ、新しく体験する出来事が以前の経験とリンクすることが増えて、“感情的な涙”のスイッチが入りやすくなる』ためなんだそうです。

 
この“感情的な涙”について研究したのがWilliam H. Frey IIという生理学者です。彼は、『涙は感情的緊張によって生じた化学物質を体外へと除去する役割がある』という仮説を提案し、玉ねぎをむく際に収集した涙と感動的な映画をみた後に収集した涙を比較しました。その結果、感情による涙は、刺激による涙よりも、より高濃度のタンパク質を含んでおり、そのタンパク質の中にはカテコラミンやコルチゾールといった、ストレス物質コルチゾールが多く含まれていました。

 
つまり、ヒトが“感情的な涙”を流すのは、ストレス侵襲からの自己防衛のためなんです

 
では、『患者様のために泣く医者』をどう思いますか?

 
先日ある研修医の先生と話しているときに、そんな話が出ました。「患者さんの亡くなる現場にいるのが辛いです。我慢しようとしても泣いてしまって・・・自分は医者に向いてないんじゃないかって思うぐらいです。」

 
管理人は・・・泣いたことがあります。初めて死亡確認をした時です。自分なりに一生懸命診療して、御家族ともたくさん話して・・・恥ずかしながら、死亡確認は「○時×分に、(ヒック)、お亡くなりに(ヒック)、なりまし・・・」みたいな感じだったと思います。その時は「自分はプロとして失格だ」と思いながら、思いのほかご家族から感謝され、「お父さんは最期を先生に診てもらって本当に幸せだったと思います」という言葉をいただき、混乱したことを覚えています。

 
「泣く」という行為は、前述の通り、正常な生理反応な訳ですが、かの有名なDr. William Osler『Aequanimitas(平静の心)を持ち、常に沈着であることに勝る医師の資質はない』と言われています。どんな状況に陥っても、慌てず騒がず・・・確かに、何かある度に取り乱したり、怒ったり、愚痴ったりしている医者に自分の身内を診てもらいたくないですし、同僚として一緒に働くのもどうかと・・・。ただ、「だから泣く医者はダメ」と短絡的に考えてしまっては、「お父さんは幸せだった」の理由が分かりません

 
医師のプロフェッショナリズムについて多数の執筆されている宮崎仁先生はご自身の著書『白衣のポケットの中――医師のプロフェッショナリズムを 考える』の中で『医療の現場では「○○してはいけない」といった細々したルールの教育が伝統的に行われており、その一環として「患者様の前で泣いてはいけない」、「不機嫌な顔で仕事をしてはいけない」といった“感情規制”が教育されていた。しかし、現在では患者様の物語に基づくプロフェッショナリズム(narrative-based professionalism)へのパラダイムシフトが起こっている』と書かれています。そして、『ナラティブを感受できる能力を磨くことが、プロフェッショナリズムを高めるために必須である』としています。

 
もちろん、「泣く医者は是か非か」の答えは人それぞれだと思いますし、そのシチュエーションや患者様との関係性などで変化すると思います。一日に何人も搬送されてくる3次救急の現場でいちいち泣いていては、身体も心も持ちません。でも、少なくともその患者様の『生きてきた物語』を大切にしていれば、そこで泣いても泣かなくても『プロフェッショナリズム』に背く行為ではないですし、泣くことで患者様の家族が満足感を得てもらえるなら、それは素晴らしい『プロフェッショナリズム』だと思います

 
ちょっと熱く語ってしまいました(恥)。貴方はどう思いますか?

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