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“格好良い”夕日

『死』という現象は、非常に尊いものです。個人的には『誕生』と同等、あるいはそれ以上の尊さがあると思っています。 “沈みゆく夕日”それをいかに美しく見せることができるか・・・医療者に課せられた、大切な仕事だと思います。

 

以前、本当に“美しい夕日”に出会ったことがあります。私事で大変申し訳ありませんが、少し昔話に付き合っていただければ幸いです。

 

管理人が4年目の頃、92歳の尾○さんというおじいちゃん(敢えてこう書かせて下さい)を担当しました。座椅子に座ってテレビを観ている状態で、1分間程度の意識消失を来たしたための入院です(心原性の可能性が高いですし、もしかしたら癲癇発作かもしれませんね)。実はこのおじいちゃん、前年にも同様の症状で入院されていて、その際も管理人が担当させていただきました。もちろん、各種精査を行ったのですが原因はわかりませんでした。「歳も歳だし、まぁこのまま様子みましょう」で退院になっていました。

 

このおじいちゃん、92歳なんですが非常にしっかりされていました。見た目は小柄で頭はツルツル(失礼!)なんですが、認知機能障害はほとんどありませんでした。IADLも完全に自立していて、自宅では認知症で寝ていることの多い奥さんのお世話を10年以上していたそうです。つぶらな瞳(またまた失礼!)をしていて、いつもニコニコ。担当の看護師さんには「いつも有難うね。」と笑顔で接されていました。当然、病棟でも人気者でした。ギャッジアップされたベッドにもたれ、頭の後ろで腕を組むのがお決まりのポーズで、ご家族に伺うと、家でいつもその格好をされていたそうです。このご家族(同居している三男夫婦)がまた本当に穏やかな方々で、「この父にしてこの子有りだな」と思った記憶があります。とにかく素敵なご家族で、「この方々の為に頑張ろう」と思わせる温かさがありました

 

入院中は基本的に食事も排泄もご自身でされていました。今回の入院でも各種精査を行ったのですが、やはり原因不明。入院後も特に発作は認めませんでした。「心原性くさいけど、やっぱり原因は分かりません。でもお元気だし、お歳だし、何より家でおばあちゃんが待っているから退院にしましょう。」何て、ご家族と話していたのですが・・・。

 

ある日の夜、病棟から管理人の携帯に連絡が入りました。「先生!尾○さんの呼吸が停止しています!レベルⅢ-300です!」 ―― 全く予想外でした。御高齢の患者様が思いがけず急変されることはよく経験しますが、それでも尾○さんは完全にノーマークでした。急いで病棟に向かい訪床しました。レベルはⅢ-300、対光反射消失、呼吸微弱、血圧も脈拍も測定できません。大慌てで救急措置を行い、採血・心電図・頭部CTを施行したのですが・・・何の異常もありません。もし健診でこのデータをみたら、きっと、自信をもって「異常なし」って書いていると思います。とにかく、原因が全く分からないのです。何も分からないまま2時間。当然ご家族にもお越しいただきました。「残念ながら、このまま自然な形でお見送りさせていただこうと思います。」死亡宣告ともとれるような話をさせていただいていた所に、看護師が入ってきました。「先生!尾○さんのレベルが・・・戻っています!」慌ててベッドサイドに戻ると、そこにいるのは、いつも通りニコニコ微笑んでいる尾○さんでした。バイタルサインも完全に正常化しています。――狐につままれたような夜でした。

 

 

そんな尾○さんですが、やはり年齢的な問題から徐々に廃用が進行、寝たきりになられてしまいました。いつもの笑顔はなくなり、昼夜を問わず臥床されていることが多くなりました。誤嚥性肺炎や尿路感染症といった、御高齢の方にとって致死的に成り得る状態を何度も繰り返され、入院2ヵ月頃には、呼びかけに全く反応されなくなってしまいました。お見舞いに来られる三男さん家族が呼びかけても反応がありません。バイタルサインも不安定で、酸素投与やカテコラミン投与が欠かせない状態。もちろん、重症患者さんが入られる個室での管理です。ドパミン製剤・ドブタミン製剤がほぼMAX doseにも関わらず、収縮期血圧70mmHgを切ってしまうことも多くなりました(これがどれくらい悪い状態なのか、みなさんなら分かりますよね)。以前のこともあったので「もしかしたら・・・」と思っていたのですが、管理人の悪あがきも限界でした。「最期のお別れを希望される方がいたら早めにお連れ下さい。」――

 

翌日、三男さんのご家族とともに、尾○さんの奥さんが来院されました。実は、前回の入院も含めて、管理人が奥さんに会うのは初めてでした。車椅子で来院されたのですが、一見してかなり進行した認知症があることが分かりました。恐らく、ご自分がどこに連れて来られたのかも分かっていらっしゃらなかったと思います。それでも、来院していただいてホッとしました。というのも、当日の朝から尾○さんの状態はさらに悪化しており、脈拍数は40回/分前後、血圧測定不能。今にも“蝋燭の火”が消えそうな状態だったのです。ご家族とともに、管理人も尾○さんの部屋に入っていきました。

 

その時目の前に広がっていた光景に、全員言葉を失いました。

 

なんと、尾○さんが頭の後ろで腕を組んで微笑まれていたんです。元気なころと変わらない笑顔でした。誤嚥防止のために少しだけギャッジアップしていたのですが、そこにもたれかかって我々の方 ― いや、奥さんの方をまっすぐ見つめていました。つい5分前には、一度脈拍も20回/分を切ろうとしていたのにです。俄かには信じられませんでした。恐らく、医学的な見地からは有り得ないことだったと思います

 

「おじいさぁん、早く帰ってきてよぉ~」と、奥さんは涙を流しながら、今にも折れそうな細い手を伸ばされました。尾○さんは、言葉は発さないものの、笑顔のままで、その手を何度も何度もさすっていました。管理人は、目の前で起こっている事実に当初戸惑っていたのですが、実に自然な美しい光景に目頭が熱くなったのを覚えています。そして、そっと部屋を後にしました。

 

ご家族は30分ほど面会されて帰っていかれました。「お袋が帰りたくない帰りたくないって大変でしたよ。」と、三男さんは苦笑いをしながら何度も頭を下げられていました。エレベーターに乗られてもなお、何度も何度も頭を下げられるご家族に恐縮しながら、お見送りさせていただきました。「本当に素敵な家族だなぁ。おばあちゃんも淋しいだろうし、さっきの尾○さんならもしかしたら帰れるかもしれない。」なんて、他のスタッフと話しながら病棟に戻っていると、バタバタと看護師が走ってきました。「先生!尾○さんが!!!」――

 

走って病棟に戻り、尾○さんの部屋に駆け込みました。訪床したときには、すでに尾○さんの心拍は停止、自発呼吸も無くなっていました。一瞬、薬剤投与も考えました。でも・・・やめました。あまりにも穏やかな“寝顔”だったからです。すぐにご家族に連絡したのですが、帰宅の途中だったためか繋がりません。「もう酸素もモニターも外そう。点滴も止めよう。浮腫んじゃうだけだし・・・一番自然な形でご家族を待とう。」――反対するスタッフは誰もいませんでした。この判断が、医学的に正解だったかどうかは分かりません。仮に対応についてクレームをつけられたら、言い訳のしようもなかったでしょう。でも、その時の対応は正解だったと、今でも思っています。その後に到着された三男さんの「みなさんに最期を看ていただいて、父は幸せでした。」という言葉は、今でも心に深く刻まれています。

 

勝手な解釈ですが、尾○さんは最期に「格好いいところ」を奥さんに見せたかったんじゃないかと思います。だからこそ、最期の力を振り絞って「格好つけた」んじゃないか・・・そして、その姿は誰が見ても「格好良い」ものでした。“格好良い夕日”でした。

 

後日談ですが、尾○さんが亡くなって一ヶ月後に、病院で偶然三男さんにお会いしました。「実は先日、お袋が救急外来に運ばれて、翌日亡くなりました。」――尾○さんに会いに行かれたのかなって、勝手に思いを馳せてしまいました。

 

 

やっぱり、『死』という現象は、非常に尊いものです

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