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偽装の達人―― 現代の梅毒事情

フレデリックヘンリー8世、アレキサンダー6世、ニーチェ、ベートーベン、シューベルト、ヒトラー、リンカーン、アル・カポネ、シェイクスピア、ゴッホ・・・梅毒にかかっていたといわれている有名人です。実は、昭和の大スターのあの方も、梅毒だったそうです。外来でも時々見かける「古くて新しい」病気。これ、医療者は絶対に押さえておかなければいけない疾患なのです。

 

 

歴史上に現れたのは15世紀末で、恐らくコロンブス一行が新大陸の風土病をヨーロッパに持ち込んだのではないか、と言われています。日本でも16世紀の初めごろにはすでに登場しているようです(何と20年程度でヨーロッパから日本に!・・・やっぱり性感染症は恐ろしい💦)。ペニシリン開発以前はこれといった治療法もなく、日清・日露戦争の頃には軍隊内で大流行していました。芥川龍之介(1892年3月1日~1927年7月24日)の『南京の基督』では、梅毒になった遊女に、友人が「あなたの病気は御客から移ったのだから、早く誰かに移し返しておしまいなさいよ。そうすればきっと2〜3日中によくなってしまうのに違いないわ」・・・恐ろしい(-_-;) ちなみに、ペニシリンが日本で一般的に使われだした1940年代以降は、梅毒の患者数は劇的に減少、1948年に性病予防法に基づく梅毒の報告者数は約220,000人と膨大な数に上っていましたが、その後の啓蒙活動や治療の進歩により急激な減少を認めていました。しかし、ここ10年でじわじわと上昇しはじめ、昨年は2,698人と、最も報告の少なかった2003年の約5倍にまで増えています。

 

梅毒1

 

 

増加している理由について、以下のようなものが考えられます。

 

  1. 女性の性活動範囲の拡大(特に10代~20代女性患者が増加)
  2. 1990年代に起こった、コンドームを用いた“セーフセックス”推奨運動の衰退
  3. HIV治療の確立による、男性同性愛者間でのコンドーム使用率の減少
  4. 梅毒の診療経験のある医師の不足
  5. 一般人(医師も含む)の中にある「昔の病気」という認識

 

個人的には、④と⑤がかなり問題なんじゃないかと思います。特に④は、「何となく鼠蹊部のリンパ節が腫れて、それに対して何となくフ○モックス」みたいな中途半端治療により、さらに感染が拡大・・・さっきの遊女さん達と、やっていることあまり変わらんやん ( ゚Д゚ノ)ノ と、思わず突っ込みを入れたくなるような状況が横行していそうです💦

 

 

原因はスピロヘータ属の1つであるT.pallidumによって起こります。長さ5~20μg、厚さ0.1~0.2μgと非常に薄く、通常の光学顕微鏡では確認できません。下の動画がT.pallidumなんですが・・・優雅?ですねぇ。しかも、突き刺さりやすそうです(^^;) そのため、皮膚をドリルのように貫通するんです。増殖スピードは遅く、一般的な細菌の30分の1なのだそうです。独特の臨床経過をとるのは、T.pallidumこういった生態学的な特徴が影響しています。

 

 

 

症状はとにかく多彩で、かのウイリアム・オスラーは梅毒のことを“the great imitator” (偽装の達人)と称しています。ただ、これは主に第二期梅毒の症状を表しています。現在の梅毒診療で第三期~晩期での発見は完全に“負け”ですので、とにかくこの“偽装の達人”を押さえておかなければいけません。

 

 

キーワードは“トリプルスリー”!『3週間-3か月-3年』のことで、第一期が感染から3週間~3か月、第二期が感染から3か月~3か月、第三期が感染から3年以降になります。

 

トリプルスリー

 

 

第一期

トレポネーマ侵入部位(陰部、口唇部、口腔内)に排膿を伴う無痛性硬結(硬性下疳)が出現。多くは数週間で消失しますが、稀に潰瘍を形成します。無痛性の鼠径リンパ節腫脹(横痃)も多く認めます。

 

第二期

 

とにかく皮膚症状がポイントで、70~90%の症例に認めます。あらゆる部位に認めますが、一般的にはピンク~赤色、斑状、斑丘疹状もしくは膿胞性皮疹が体幹よりはじまり、四肢、手掌、足底に広がります。頻度は10~15%と高くありませんが、主に肛門、陰嚢、陰唇などの湿潤環境に認める扁平コンジローマは、感染性が極めて高いことが特徴です。梅毒性粘膜疹は、主として口腔内に出現、眉毛や髭の脱毛も認めます。皮膚症状以外もとにかく多彩です。発熱、全身倦怠感、全身性リンパ節腫大、関節痛、体重減少といったおなじみの(?)全身症状が出現し、特に上腕内側上顆リンパ節腫大は梅毒の診断を示唆します。その他、中枢神経系では頭痛、髄膜炎(特に脳底髄膜炎→眼球運動障害など)、脳神経障害、眼症状では虹彩炎ぶどう膜炎、泌尿器系では糸球体腎炎やネフローゼ症候群、筋骨格系では関節炎、骨炎、骨膜炎など多くの症状を認める可能性があります。この“可能性がある”という表現が厄介で、これらの症状が現れたり現れなかったり、タイムラグをもって出現したり、何も症状を認めずに潜伏性梅毒に移行したり・・・困ったものですね(´・ω・`) ちなみに、この第二期の症状も発生から1か月程度で消失してしまいます。

 

梅毒2

 

この後、血清梅毒反応が陽性で、特に症状を認めず、かつ中枢神経浸潤のない潜伏梅毒の時期に入っていきますが、ボリュームオーバーなんで省略!下の図が非常に纏まっていますので参考にして下さい。

 

梅毒3

梅毒の自然経過

モダンメディア54巻2号[話題の感染症]現代の梅毒;14-21,2008より

 

 

本当は検査を中心に書くつもりだったんです。って訳で、ここまでは前振りということでm(_ _)m笑 梅毒の診断はT.pallidumが生体外(in vitro)で培養できないために複雑になっています。PCR法によるトレポネーマDNA同定の開発も進んでいるようですが、まだ一般的な検査ではありません。結局、以前からされている『非トレポネーマ検査』(STS法:VDRL、RPR)と『特異的トレポネーマ検査』(TPHA法、FTA-ABS法)を利用するしかありません。

 

〈非トレポネーマ検査〉

 

  • 直接T.pallidumを抗原としていないので、生物学的偽陽性(正常妊娠、膠原病、慢性肝炎、肺結核、麻疹、マラリア、麻薬中毒など)がある。
  • 感染後約3~4週で陽性になる。
  • 第一期(または第二期梅毒)では、通常治療の6ヵ月以内に1/4、12ヵ月で1/8に減少する。
  • 通常第二期もしくは早期潜伏梅毒で最も高く、適切な治療の後では通常<1:4に減少する(1/4は陰性化する)。
  • 持続的な陽性、特に1:4を超える抗体価が続く場合は偽陽性、持続的活動感染、再感染を意味する。
  • 梅毒のスクリーニングと治療への反応のモニタとして推奨される(梅毒と確定診断されたら、STSの定量を行う必要がある)。

 

〈特異的トレポネーマ検査〉

 

  • 陽転化するのがSTSより2週間ほど遅れる。
  • T.pallidumそのものを抗原としているので、STS法にみられる生物学的偽陽性がなく、偽陽性も極めて少ない。
  • 特異的ではあるが定量化することが難しく、活動性の評価には使えない(陽性は、過去に梅毒に暴露したという意味しかない)。
  • 治療すると値は低下するが、陰性化することはなく陽性のままである(STS法の陽性を確認するために用いられるが、治療反応のフォローには使えない)。

 

 

STS法とTPHA法(またはFTA-ABS法)を組み合わせた結果の解釈をまとめます。

 

梅毒4

 

梅毒5

 

TPHA法は感染後の陽性化がSTS法よりも遅いため、STS(+)かつ TPHA(‐)で梅毒の初期感染が疑われるケースでは、2~3週後にTP抗体価の上昇を待って再検査を実施する必要があります。つまり、最初の検査で梅毒の感染が疑われるケースは『STS(+)かつTP(‐)』と『STS(+)かつTP(+)』の2通りだけで、更に再検査結果を含めてSTS(+)かつTP(+)となったケースも含め、FTA-ABS法等の確認試験結果や診察結果も加えて治療の要否を判断するのが一般的です。

 

 

その他、潜伏梅毒で眼科的な症状や徴候があったり、第三期梅毒を示唆する証拠がある場合、VDRLやRPRの抗体価が適切な治療後に減少しない場合、罹患機関の不明な梅毒、もしくは晩期潜伏梅毒を伴うHIV感染を起こした場合は脳脊髄液を調べることが推奨されていますが・・・ここまでいきたくないですね(~_~;)

 

 

治療は、ともかくペニシリン!どの病期に対しても有効性はしっかり確立しています。前述した通りトレポネーマの増殖は遅いので、治療は長期間(2週間)必要です。でも、実はしっかりした臨床研究がされたことはないようで、古くからおこなわれている“究極のエンピリックセラピー”と言えます。詳細は成書をみていただきたのですが、知っていていただきたいのは“ヤーリッシュ・ヘルクスハイマー反応”という、抗菌薬投与1~2時間後に始まる全身性反応(発熱、悪寒、筋肉痛、頭痛、過呼吸、頻脈、のぼせ感、血圧低下)です。メカニズムは不明ですが、すべての病期の10~25%、第二期の70~90%に起こると言われています。通常は自然に消失するので、通常の解熱薬などでの対応で構いません。ただ、治療前に必ず伝えておきましょう。

 

 

やっと終了!・・・といきたいのですが、最も大切なのは『セックスパートナーの治療』です。第一期、第二期梅毒の人は、他人にうつす可能性があるので、自分とパートナーの治療が終了するまでは性的接触を避ける必要があります。第一期の場合は過去3カ月間、第二期の場合は過去1年間のセックスパートナーすべてに感染の危険性があるので、この間のセックスパートナーは、梅毒のスクリーニング検査を受けなければいけません。でも、ここが難しいんですよね~。患者様自身に今のパートナーだけじゃなく、過去のパートナーの方全てに連絡していただき、自主的に検査を受けていただく・・・日本ではなかなか高いハードルですね(*_*;

 

 

20面相

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