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日本における総合診療の“ジレンマ”

今回は総合診療の現状について書こうと思ったのですが・・・気合いが入りすぎました。やたらに長文ですがお付き合い下さい
特に総合診療に興味のある方に読んでいただければ嬉しいです。

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〈はじめに〉

以前、NHKで『総合診療医ドクターG』という番組がありました。毎回『ドクターG』と呼ばれる、我々の世界では有名な総合診療医や救急医の先生方が、研修医を相手に症例検討会形式で診断に迫っていく、という番組です(当院総合救急内科の山中克郎先生も出演されています)。一般の方にはかなりマニアックな内容だと思いましたが、結構な視聴率だったみたいです。少し前にはTBSで『GM~踊れドクター』という東山紀之さん演じるアメリカ帰りのスーパー総合診療医が、お荷物総合診療科を立て直すという番組もやっていました(こちらは視聴率的にはコケたみたいですが・・・)。そうなのです、世間では総合診療が注目されているんです。では、実際の医療現場ではどうなのでしょう?それを説明する前に、総合診療の歴史について触れてみたいと思います。

 

 

〈総合診療の歴史〉

20世紀に起こった“近代科学のルネッサンス”は、医療分野に『専門化』『細分化』という手法で大きな恩恵をもたらしました。「高度なテクノロジーを用いた専門診療を追求すれば、医学的問題は解決する」という思想が蔓延していた時代です。この進歩は、それまで分からなかった病態を次々と解明し治療法を確立していくことにより、当然患者様にとって沢山の恩恵をもたらすこととなりました。しかし、その結果、アメリカでは20世紀初頭には全医師の半数を占めたgeneral practitioner (いわゆる一般内科医)が、1960年代なかばには2割程度にまで減少し、“全人的に病人を診る”という意識が希薄になってしまいました。また、高齢者など複数の問題を抱える患者様などは専門臓器しか診てもらえないために、他の問題については他科もしくは他の病院をいくつもかけもちで受診しなければならないということもしばしば起こるようになってきました。こういった状況が危惧された結果、アメリカではプライマリケア医の育成の機運が高まり、1969年に『家庭医学科』が20番目の専門科として設立されました。

 

この流れは1970年代の日本でも起こり、1976年に日本で初めて天理よろず相談所病院に総合診療部が設置されました。天理よろず相談所病院の総合診療部は細分化した医療の統括や卒後研修といった点で高く評価され、日本でも総合診療が根付く可能性を示してくれました。その後、1981年川崎医科大学に大学初の、1986年には佐賀医科大学に国立大学初の総合診療部が設立されました。以後90年代に入って各大学病院・研修病院に総合診療部が次々に設立されることになります(当科が設立されたのもその頃です)。

 

ただ、厳密に言うと『家庭医学科』して誕生し成長してきたアメリカの総合診療と日本の総合診療は別物です。アメリカの場合は純然たる“Family Physician”を指すことが多いのですが、日本の場合は『病院総合医』『家庭医』『感染症専門医』『内科救急医』など様々な分野の先生が、『総合診療医』として活躍されています。それは、日本で総合診療が普及してきた背景によるところが大きいと思います。90年代の総合診療は、世界的に起こった“EBMムーブメント”に乗り、『EBMの専門家』=『総合診療医』といった機運でステータスを築いていきました(専門性を否定して起こってきた分野のハズなのに・・・)。そこに、感染症分野の青木眞先生や救急分野の寺澤秀一先生といった“マエストロ”が登場、『感染症』や『救急』といったより全人的な医療が必要とされる分野とリンクすることにより、総合診療の成長に拍車がかかりました。さらに、新臨床研修制度のスタート、地域医療の崩壊など、様々な要素が加味されることにより、「全人的な医療が行える医師の育成が急務」という国の方針も後押ししました。つまり、総合診療医は、“総合的な視点で診療する医師”全般を指すようになりました。その結果どうなったか ―― 総合診療は“バラバラ”になったのです。いい意味でも悪い意味でも・・・。

 

 

〈改めて、総合診療とは〉

ここで、改めて『総合診療』とはどういうものかを定義してみましょう。“改めて”とわざわざ断るのは、実は30年以上たった現在もまだ明確な定義がないからなんです(何といっても“バラバラ”ですから)。でも、根底に流れる理念は共通しています。つまり『EBMを踏まえた上で、臓器による選択をせず、患者様を“病気”ではなく精神・心理的、社会的な背景を持った“病人”として診る』というものです。この理念が素晴らしいことを否定する方はいないと思います(管理人もこの理念に絆されて総合診療の門をたたきました)。また、前述した新臨床研修制度における“研修医教育の担い手”という立場になれたことも功を奏しました。このような素晴らしい理念の下、総合診療は順調に成長・・・していたんです。しかし、ここ数年で状況は変わってきてしまいました。特にその変化は大学病院で顕著です。2005年時点では、全国50以上の大学病院で総合診療科(部)がありましたが、ここ数年北海道大学、杏林大学、京都大学、群馬大学などが廃止・統合に追い込まれています。また、廃止までに至らないまでも、多くの施設で規模の縮小を余儀なくされています。その理由は以下のようなものだと管理人は考えています。

 

1. 研修医の大学病院離れ

新臨床研修制度が始まって8年、当初は総合診療科(部)が研修医教育の中核を担っていました。現在もその立場は変わっていないと思いますが、問題は“大学病院で初期研修を行う研修医の意識の変化”です。新制度開始当初は『ハズレの少ない大学病院での研修』を選ぶ研修医が多かったのですが、市中病院での研修の情報が増えるにつれて、『専門的な知識を身につけるなら大学病院だけど、総合的な力をつけるには市中病院』という色分けができているように思います(もちろん、「だから大学の研修医がダメ」という訳ではありません)。

 

2. 中堅層の総合診療離れ

総合診療が最も盛り上がっていた時期に入局した医師は、現在10年目前後になっています。本来ならば組織の中心となって頑張らなければいけない年次ですが、『専門性がないことによる不安』『長期間大学病院に留まることへの不安』『自分のメルクマールとなるべき上級医不在に対する不安』などから、市中病院に移ったり、専門分野に進んだりしています。学位論文などが書きにくい分野でもありますので、大学に残るための大義名分が見付けにくいことも一因として挙げられます。また、近年噂されては消えている『総合診療専門医』といった専門医制度が確立していないことも不安を煽る大きな要因です。

 

3. 一部の専門医の対応

総合診療をしている先生方の多くは、より最新の知見を調べ診療にあたっています。医療に正解はないかもしれませんが、『現時点での最良』を行っているハズです。でも、現状では『専門医の意見』に負けてしまうんです。正しい、正しくないではなく「○○の専門の先生が言うんだから間違いない」という風潮です。専門性の高い検査や治療も出来ません。その結果、一部の専門医から“ゴミ箱的”な扱いを受けて・・・これでは人が集まりません。ただ、その状況に甘んじている総合診療医が多いことも事実です。

 

4. 日本人独特の気質

日本人はもともと“職人気質”に対する安心感を持った民族なので、『○○の専門家』、『××の大家』みたいな響きに弱い傾向があります。『何でも診ることを専門にしている』という看板は、やはり一般の患者様に対してのインパクトに欠けます。専門性を求めて受診することの多い大学病院の患者様の場合は益々その傾向が強いと思います。

 

5. 採算性の悪さ

総合診療の目標が“全人的な医療”である以上、『じっくり話を聞き、しっかり診察を行い、検査は少なく』が診療の理想的なスタイルになります。その結果・・・全然儲からないんです。昨今の大学病院は経営改善が急務となっていますので、よほど院内での位置付けが明確になっているか、経営陣の理解が得られない限り、予算の削減対象になるのは仕方ないことだと思います。

 

その他色々な状況が複雑に絡み合うことにより、日本の総合診療は岐路に立たされています。やはり、日本の医療界には総合診療が育ちにくいのかもしれません。

 

 

 

〈第二幕に立った総合診療〉

では、総合診療は必要ないのか。・・・全然違います。むしろ、地域の診療所や市中病院では、総合的に診ることができる医師のニーズは年々高まっています。特に、これから迎える『超高齢化社会』において、「血圧の薬は出すけど、COPDの管理は出来ない」、「めまいのことは分からないから耳鼻科で相談して」、「気分が落ちているんだったら精神科だね」という診療スタイルは、もはや時代遅れです。また、天井知らずに増えていく医療費(平成22年度で約36兆円)を考えると、『患者様のためにお金のかからない医療を!』という総合診療医の理念は、医療費を出来るだけ抑えたい政府や市中病院の実情にも合っています。そして何より『何でも相談に乗ってくれる総合診療医』は、日本の古き良き時代の『町のお医者さん』の姿そのものです。それこそ、日本人が持つもう一つの気質に合った診療スタイルだと思います。

 

各専門分野の進歩は日進月歩ですし、その最前線で働かれている専門医の先生方には頭が下がる思いです。総合診療の位置づけを高めつつ、それぞれの専門分野に対して利益となり、かつ患者様に最大限の還元をする――これが理想であることは間違いないと思います。大学病院の総合診療部が担う使命、それは“全人的な医療の普及”・・・小難しいですね。平易に言えば“学生、研修医、若手医師に「この患者さんのために自分が出来る事は何だろう」という意識付けをすること”だと思います。そういった意識付けをされた医師達が各専門分野に進み、それぞれの分野に、「この患者様のために自分が出来る事は何だろう」という『当たり前の感覚』を持った医師を増やすことが、我々総合診療部の使命ですし、延いては日本の医療の質を高めることになると思います。そして、現在減りつつある中堅層に教わった、いわゆる『孫の世代』が専門分野に進みだした今こそ、総合診療分野が次のステップに進むチャンスなのです。

 

もちろん、育てるだけでは駄目です。自分達も育たなければ。総合診療医の理想的なスタイルは“指揮者”だと言われています。当然、バイオリニストほどバイオリンの演奏は上手くありませんし、トランペッターほどトランペットの知識がある訳ではありません。でも、それぞれのパートと対等以上に渡り合える“知識”“プロ意識”が必要です。せっかく素晴らしい演奏者がいても、“指揮者”が悪ければ、その演奏は台無しです。総合診療医の振るタクトで、患者様にとって素晴らしい音楽を奏でられる・・・これが我々総合診療医が作らなければいけない医療の理想像なのだと思います。

 

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