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『尊い決断』-平成24年6月14日-

「息子は、私たち家族が精いっぱい愛情を注いで育ててきました。元気な息子のわんぱくに振り回されながらも、楽しい時間を家族みんなで過ごしてきました。本日、息子は私たちのもとから遠くへ飛び立って行きました。このことは私たちにとって大変悲しいことではありますが、大きな希望を残してくれました。息子が誰かのからだの一部となって、長く生きてくれるのではないかと。そして、このようなことを成しとげる息子を誇りに思っています。私たちのとった行動が皆様に正しく理解され、息子のことを長く記憶にとどめていただけるなら幸いです。そして、どうか皆様、私たち家族が普段通りの生活を送れるよう、そっと見守っていただきたくお願い申し上げます」(原文ママ)

 

平成24年6月14日、辛く、悲しく、そして非常に尊い決断がされました。上記は、国内で初めて行われた、6歳未満に行われた脳死判定に対する御両親のコメントです。“尊い”などと軽々しく書くこともおこがましいと思います。この結論に至るまでに御両親の中でどれほど心の葛藤があったのかを想像するだけで、心が締め付けられます。“プライマリケア”をメインに取り上げているこのブログで取り上げるのは不適切かもしれません。しかし、この決断の尊さゆえ、あえてこのテーマを取り上げさせていただきます。

 

15歳未満からの臓器提供が可能となったのは、改正臓器移植法が施行された平成22年7月17日からです。それから約2年が経過していますが、現在までに15歳未満に脳死判定が施行されたのは、今回を含めて2例です。ここに“わずか”という形容詞をつけることには、当事者である御家族の心情を考えると抵抗がありますが、施行可能人数から考えればやはり少ない印象があります。それは、心情的な問題もさることながら、小児の脳死判定の難しさも関連しています。小児の場合、脳死判定後(または臨床的脳死診断後)に、脳波や痛み刺激への反応や自発呼吸の復活、身長が伸びる、ホルモンが分泌されるなど脳死判定・診断が覆される例がいくつも報告されているのです(http://www6.plala.or.jp/brainx/recovery3_15.htm)。それは、小児の脳の蘇生力が大人より強いためです。そのため、改正臓器移植法では脳死判定を、大人の場合『6時間以上空けて行うこと』としているのに比べ、小児の場合は『24時間以上空けて行うこと』としています。また、『虐待』も一つのキーワードになっており、『虐待を受けていた小児(18歳未満)からの臓器提供を禁じる』と規定しています。

 

宗教的な問題も無視できません。多くの宗教にとって人間という生命の本体は、『魂』すなわち『心』であり、肉体は魂を入れる器と考えています。その上で『死』とは、魂が肉体から離れて、霊線が切れた時をいいます。さらに『死』とは肉体を脱いで、次の修行の場に移行する旅立ちであるという考えもあります。よって、脳死は人の死ではないわけです(日本の公認されている宗教団体で肯定的な態度を表明しているのは、カトリック中央協議会だけだったと思います)。

 

最後の問題は、やはり心理面です。自分の子供が「脳死です」と判断されて、まだ体が温かい、髪の毛も爪も伸びている、心臓も動いている状態で、「では臓器を取り出させていただきます」と言われて、受け入れられる親がどれだけいるでしょうか。テレビなんかで取り上げられる『奇跡の生還!』などが、もしかしたら起こるかもしれない、起こって欲しいと思うのが当然です。決断する方の心のよりどころである「他の誰かの一部になって生き続ける」という事実は、「自分自身で子供の寿命を決めてしまった」という自責の念の裏返しでもあるのです。その自責の念は、一生御両親の人生についてまわるかもしれません。きっと、そんなことは今回決断された御両親は、何千回何万回と自問されたに違いありません。だからこそ、本当に“尊い”決断だったと思います

 

本邦で初めて臓器移植法に基づく脳死判定が行われた1999年当時も、様々な議論がなされました(そこに至るまでの脳死・臓器移植に関する歴史は、http://classic.music.coocan.jp/_opinion/contents/noshi-hist.htmに詳細に書かれています)。そして、それ以降多くの尊い決断の元、多くの脳死判定が施行されてきました。今後、6歳未満の脳死判定の例が増えていくと思います。賛否両論があるとは思いますし、ここではあえて私見を書くことはやめます。ただ、その決断により、救えなかったかもしれない生命が救われることになるのは間違いありません。そして、どんな分野に所属していたとしても、すべての医療者は勇気を持ってその第一歩を刻んだ今回の事例を、決して忘れてはいけないと思います。

 

最後になりましたが、今回判定を受けられた息子さんの御冥福を心よりお祈りいたします。合掌。

 

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